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LOVE・しーん劇 [堂本剛]

プラトニック
第5話「恋」
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毎週変わるタイトル画像
どのシーンのどのタイミングで入るか、デザインもドラマ進行に合わせられている。
デザイン効果、音楽すべて計算されていて5話は自分の心臓、跳ねた。
ドラマが総合芸術なのを教えてくれる。
主演二人の温度差のあるラブシーンは演出なのかなァ?
「近かくにいっていいですか・・・」
「青年」の切羽な台詞に、沙良さん自分を消して、無感動な
「ワタシモ・・・」
が、ギクシャクでザワザワな気持ちで見てた。
俳優さんの解釈演技に監督がOKで世間に出す。
見て取る視聴者にゆだねられる。
自由に受け取った自分は思う。
「これは告白じゃない」
ナレーションが過去形で語られるんだから「嘘」な心の声を回想する訳はないにしてもナレショーンの伝える「本気」「純粋」なソウルパートナーを見つけた感動シーンなのでしょう。
でも、伝わらない。このシーン、誘導する沙良さんの言葉に洗脳で流れてるように見えるのだ。
囲い、追い込み見えない羽交い締めで「青年」を確保してる夜叉に見えるのです。
背筋の凍る台詞が
「これからは24時間・・・」
「かたときも」
「離れない・・・」

24時間営業、コンビ二DVです。まさか、ホラーがネライな演出なのかな。

それだけ4話までの沙良さんの数々の言動がトラウマで恐怖心と警戒心が芽生えているということです。
それが当初からのネライ通りだとしたら、沙良さん演じる中山さん、青年演じる堂本さん凄いです。
完全にフィクションがノンフィクションになってる。
5話では臓器売買が現実に目の前で行われていて「百万円」という代価が動いた。
目的達成のためにはあらゆる手段を駆使し「娘のため」を淡々と貫くヒロインにしか見えない。
残り3話でどう崩れるかが脚本家の腕のミセドコロなんだと思う。
野島伸司氏の作品はその裏切りがオモシロイのです。
「人間・失格もしも僕が死んだら〜」この作品は大嫌いでした。
応援する堂本剛さんが周囲にイジメヌカレルこのドラマを好きになれる訳が無い、そう思わせる程のドキュメンタリードラマだからです。
リピートして見てたのは最終回だけ。
服役中に生まれ成長した我が子とキャッチボールする大場パパのシーンだけです。
エンディングのキャッチボールシーンの救いが無ければ録画を「消去」です。
自殺した兄の再生の象徴の「弟」・・・にね。
それゆえ「プラトニック」では双子の弟のアナザー青年登場というのでは安易だよ・・・ね。

野島伸司さん、最終回でドラマのマインドコントロールを最後の最後で「パン」と催眠を解いてくれると信じてます。
 
能面:深井
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個人のkame0101さんのブログで見つけた壊れた能面を修復された画像です。
「墨田川」我が子を人買いさらわれ京都から武蔵国、隅田川まで流浪と、東国の地で子供の死を知り悲しみにくれる母親の物語です。
能面は角度で喜怒哀楽が表現される。深井は狂女と呼ばれるカテゴリーの中でも知的な中年女性の子を失った悲しみを表した面で狂女物とよばれてます。
通常能の世界では狂女モノでもハッピーエンドがお約束なのですが「墨田川」だけは違います。
「墨田川」の能を見て言葉の解らぬジョン・レノンが号泣したとヨーコは伝えてます。
ジョンも実母に捨てられたと思い込んでた少年ですから。

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